坂本九(さかもときゅう)

性別:男性 カテゴリー:昭和, 芸能人, 芸術家

1941年に神奈川県川崎市で生まれた。本名は坂本九(さかもとひさし)。第9子で、名前のネタが尽きたことから「九」と命名されたという説がある。高校時代に両親が離婚したため母に引き取られて大島九となる。この頃にエルヴィスプレスリーにあこがれるようになり、音楽を志す。
1958年にザ・ドリフターズに加入、ボーカルを担当するも半年後脱退。その後もいくつかのバンドに属するが全く無名であった。1960年に東芝音楽出版(東芝レコード)に移籍しソロとして活動をはじめる。移籍後第1シングルとして発表された「悲しき六十才」が10万枚を売り上げヒットした。翌年「上を向いて歩こう」は日本のみのヒットではおさまらず、1963年には「SUKIYAKI」と題してアメリカの最も権威のあるヒットチャート「Billboard Hot 100」において3週連続で1位を獲得した。このチャートで1位を獲得したアジア人・日本人アーティストは2010年まで坂本九一人であった。また、この曲は後に英語歌詞もついたが、ヒットしたのは坂本の歌う日本語のものだったというのも唯一の例である。
「上を向いて歩こう」がヒットしてからも多くの歌を歌った。「見上げてごらん夜の星を」「明日があるさ」「君が好き」「涙くんさよなら」など、国民に広く親しまれていた。歌手活動のみならず、テレビの司会や映画、舞台などでも活躍し、そのマルチな才能を発揮した。また、チャリティなどにも多く貢献した。
1985年8月12日に、日本航空123便墜落事故に遭遇し、死去した。普段坂本は国内の移動には必ず全日空を使っており、妻も「手配は必ず全日空で」と指定していたほどであり、乗客名簿が公表されるまで、家族も日航機に乗っているはずがないと信じていたという。当日はお盆であったことと夕方のラッシュ時で全日空の手配ができず、やむを得ず手配したのがこの日航機123便であった。墜落後の99時間後に家族によって遺体が確認された。墓所は東京都港区にある長谷寺(宗派は曹洞宗)。墓石には「見上げてごらん夜の星を」の一節が刻まれている。

坂本九(さかもときゅう) お墓の所在地

所在施設名 長谷寺 施設住所
都道府県
東京都
施設住所
市区町村
港区 施設住所
町・番地
西麻布2丁目21-34

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